東京77同期会 記念写真
1998年10月17日


’98年10月17日(土)14時30分から銀座「クルーズ・クルーズ」で開催されました。
参加者:一色 健・清水 勝一・藤田 浩一・飯田 毅・上田 博唯・内田 裕士・島 敏明・
    谷田 稔・松田 道男・後藤 隆宏・金田(唐木田)満代・細見(乾)裕子・
    山本(大成)まゆみ・酒井(吉村)妙子・前川 清行と二次会からの今井 敬三
    以上16名(順不同、敬称略)
山本 英司さんは、参加予定だったが、16日台湾に出張で折からの台風で帰国できなくなりました。
大阪から浅井由美さんが参加予定でしたが、台風で不参加。
酒井さんは、カナダから、谷田さんは神戸から参加してくれました。
一色さん、後藤さん、松田さん、酒井さんは、久しぶりの参加でした。
特に、後藤さんと松田さんは、台風のためゴルフが取りやめになり、急遽参加でした。
二次会までを上記「クルーズ・クルーズ」で19時30分まで昔話に花を咲かしておりました。話題は自然と「年齢」「健康:老眼・痛風etc.」「息子娘の結婚」と広がっていきました。三次会は場所を変えて、ほとんどの人が参加しました。
                             (Reporter: 前川 清行)


10月17日、銀座で同期会があり、15人が集まりました。
皆さん元気そのものでパワーは全開し、大きな声が炸裂する集まりで、学生時代そのままに主張しあい、77期カムバック高校3年生が実現しました。
3次会のカラオケでは「高校3年生」をもじって「定年3年前」を合唱しようと言う話に盛り上がり、しかしこれは少々心に響くものがあったせいか、自然消滅。気持ちは若く、取り巻く社会情勢は厳しく、青春歌をがなりたてつつ、多少の哀歓もにじみ出て、同期生達は無意識のうちに矛盾を包みこめる、いい年輪を重ねていました。
しかし皆さん自己主張が強い。秀才の誉れ高き六稜魂は、団塊の世代不要論を跳ね返す強さがあります。
声帯機能が劣る私など、小さくなっておりましたが、社長と連呼され、細細と巷に潜んで生息する身では辛いものがあり、もう少しふさわしい呼び名にしてほしいと、小声であったことが情けないのですが、負けじと自己主張できた事は同期の皆さんが寛容だからこそ。東京で生き延びる強さをしっかり伝授いただきました。
卒業して30数年たち、名刺の肩書きはさまざまですが、最近では同期生が集まると昔の顔そのままに本音がぶつかり合い、これを許しあえる居心地の良さができてきました。これは10数回継続してきた同期会の成果でしょう。前川さん、本当にありがとう。しかしエレベーターの中で藤田さんのサッカーの試合並みのダッシュに、前に立っていた島さんがよろけ、70数キロの巨体を私は支えきれず、思わず神に祈っておりました。「ここから無事脱出できます事を」
しかし、先日婦人科で骨量を測り、20代のレベルであるというお墨付きを貰っておりましたので、この激しいダッシュをしっかりと受け止め、無事エレベーター内のバトルより生還することができました。心身ともに鍛えてもらった一日でした。
                             (Reporter: M)